夕飯は食材をわざわざ買いに行って二人で作った。パスタとサラダ、あとコンソメスープ。
普段料理なんかしないからどっかのレストランに食べに行こうって言ったけど、せっかくだからってキルアに押し切られた。ずっと使ってなかったパソコンに久々に電源を入れて、レシピを検索してプリントアウトして。キルアは思いのほか器用だったけど、俺が全然だめだった。
でもこうやって二人で何かするのは昔に戻った感じがして、そう思い始めるとやっぱり無理矢理にでも抱いて唇を求めてしまいそうになって、慌てて堪える。

もうそんな関係じゃない。

久々に逢ってそれでしたくなって?ふざけてる。何の保証もできないのに今更するだけして、なんて都合よすぎる。キルアを持て余して切り離した過去は消えないし、もう一度もつれてしまったところで上手くやっていける自信なんてない。
そんなことを思ってるうちにいつの間にか料理は形になっていた。ほとんどをキルアが作ったらしい。


「あ、うまい」
「だろ?最近どーも外食に飽きてきてさ、たまに作るんだよ」
「そうなんだ」
「隠し味があるんだぜ」

にっと笑ってキルアが言った。

「そんなのレシピには書いてなかったじゃん」

いつの間に何を入れたんだろう。全然気がつかなかった。だってキルアのことばっか考えてたから。

(‥‥なんか恋する女の子みたいだ)

そんな台詞が浮かんできてなんだかおかしくなった。


「昔さ」
「え?」

また思考が飛んでいた俺に向かって、キルアが話す。それでもすんなり声が入ってくるのは多分、もう耳に馴染みすぎていて離れないからだろう。

「うちのシェフが作った料理を、ゴトーが部屋まで運んできたときにな」

家の話をしてるのか。キルアがゾルディック家にいたときの話をするなんて、珍しくて少し驚いた。

「俺どうしても食わなかったんだよ、もー飽き飽きしてて。同じよーな料理ばっか、しかも毒入り」
「うん、それで?」
「そんときにゴトーがさ、内緒だって言って違う料理作ってくれた。そんなのはそれ一回きりだったんだけど」
「ふーん、優しいねゴトーさん」
「俺、台所で作ってんのずっと見ててさぁ、別に特別なものは使ってねーんだけど、食ったらすげー旨かったんだよ。そしたら隠し味があるんだって言って」

キルアが少し微笑むのがわかる。なんだか悔しくて、早くキルアの意識をこっちに戻したくて少し大きな声で尋ねた。

「で、何入れたの?なんか特別な材料買ったっけ、俺覚えてないけど」
「‥‥教えねー」

くすくすと悪戯に言うキルアに、俺もつられて顔が緩んだ。

「なんでよ、教えてよ」

キルアに再会してから、初めて自然に笑った気がした。







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「風呂借りてい?」
「あー、いーよ。先に入ってきなよ」

夕食を終えて食器を洗ってると、キルアが後ろから尋ねてきた。俺が返事をするとサンキューと軽く言って、着替えを持ってリビングを出ていく俺はそれを見送りながらきゅっと蛇口の水を止め、濡れた手を拭いてからスタンバイ画面になっていたパソコンを起動させた。
次の俺の仕事は一週間後。こんなにまとまった休みは久しぶりで、だからこうして家にいられる訳なんだけど。その仕事先までの交通情報を調べようと思って、そういう類いのサイトにアクセスする。と、窓から冷たい風が吹いてきた。そうだ、昼間換気して開けっぱなしだった。
今日も冷えるな。でもそんな気温とは裏腹に月がとても綺麗で暖かくさえ見える。
忘れないうちに、と毛布を二枚ともクローゼットから引っぱり出してきて、ベッドを整えた。暖房をつける程ではないが、キルアなんかうっかりしたら風邪をひきかねない。俺は頑丈だから平気だし、タオルケットかけて、またソファー使えばいーや。

そんなことを思っていると、廊下の方から断続的なシャワーの水音が聞こえてきた。同時に物凄い衝動に襲われる。気を抜いたら、足が勝手に浴室に向かって力ずくで押さえ付けて、とか最低なことをしそうだったから、頭冷やそうと思ってベランダに出た。やっぱ寒い。

てすりに腕をのせて空を眺めると、遠くに飛行船が飛ぶのが見えた。ネテロ会長がまだ現役だった頃、ハンター試験でキルアと二人で挑んだことを思い出す。今なら、両手両足を使わせることくらいできるだろうか。






キルアと一緒なら。





一緒だったから強くなれた。思い出すあの頃のすべてにはいつもキルアがいた。まさかそれが過去になる日がくるなんて思ってなかった。

でも、そうしたのは俺だから。









なんか無性にやるせない気分になって、ポケットを探る。しかしライターが見つからなくて、テーブルの上から取ってこようとして部屋に入った瞬間。

「あ、いたいた。ゴン、出たぜ」
「ん、あ、ベッド使っていいよ。先に寝てて」
「えー、まだ眠れねーよ」
「じゃあなんかやることある?」
「‥‥ないけど」

一瞬考え込んでから、わかった、と言ってキルアは寝室に入っていった。煙草を吸うのはやめて、今度は俺が風呂へと向かう。
結局パソコンをつけたはいいが、すっかり交通網を調べるのを忘れてたことに気付く。まぁ、あと一週間あるんだし。そのまま脱衣所のドアを開ける。


──やることある?なんてよく考えたら違う意味にとれなくもないなとか、服を脱ぎながらぼんやり考えてた。








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風呂からあがると、案の定というかキルアはまだ起きていて、窓から外を眺めていた。タンクトップ一枚で電気もつけていない。カーテンが風になびく以外に時間というものを感じる術がないほど、静かだった。

「キルア、寒くないの?」
「‥‥寒いかも」

振り返ってようやく気がついたかのように少し間をおいて言った。少しおどけたような声を混ぜて。

「せっかく毛布出したんだから使ってよね」

そう言いながら、俺もソファーに横になる。床に落ちたタオルケットを取ろうとして手を伸ばすと、ふいに毛布を被ったキルアと眼が合う。

「それじゃお前が寒いだろ」
「大丈夫だよ俺は」
「大丈夫じゃねぇよ、ほら、毛布二枚もいらねぇって。一枚ずつにしようぜ?」
「キルア寒いのだめだろ?今夜絶対冷え込むから」

こんなこと言ってたって、二人とも譲らないだろうってことはわかってた。
わかってて言った。それなら残る選択肢は何か、なんて、容易に見当がついた。それを俺もキルアも、きっと拒むことができないってことも。







「狭いでしょ、ごめん」
「いいって、お前言い出したらぜってー折れないの知ってるから。こーするしかねぇだろ」

それに俺が泊まらせてもらってる身なんだから、とキルアが言った。
毛布に潜る。隣りにキルアの肩が近い。久々に至近距離で聞いた呼吸に、心臓がドクンと脈打ちした。キルアに聞こえてないかな。
俺は天井を見上げるように仰向けになり、キルアは壁の方に顔を向けて横になる。眠れない。昼間あれだけ寝ちゃったし、さすがの俺でもしばらく眼が冴えていそうだ。でも、もっと違うところに理由があるようにも思えた。





黙ってキルアの方に顔を向けて横に寝返りをうつ。キルアが僅かに反応したのがわかった。

せっけんの匂い、シャンプーの匂い。





キルアの匂いがする。




と、キルアがさらに毛布に潜っていく。慌てて聞いた。

「キルア、寒い‥‥?」
「‥‥寒くねぇよ」

いーからさっさと寝ろ、冷たい口調とは正反対に、声は震えてた。
シーツに散乱する銀髪、うなじ、白い肩、黒いシャツ。

ずっと一緒にいた、
ずっと我慢して俺に付き合ってくれた。

あの頃、
何度もキスして、稚拙なSEXして、俺はそれだけでも別に良かったと思ってたけど、

今は少し違うよ。






キルアがどれだけ傷つくとか、それを俺が癒してあげられるのかとか、これからどうするかとか、何も保証できないけど、
できないんだけどさ。






ごめんキルア、やっぱ俺、もうだめだ。





「ゴン‥‥!?」
「ごめん」
「‥‥離せよ」
「いやだ」
「離せって言ってんだよ!!」
「いやだ!!」

後ろからきつく抱き締めて、もがくキルアを押さえ付ける。格闘なんて、いつ以来だろう。
しばらくしてキルアの抵抗がなくなって、俺は腕の力を緩めた。

「お前が良くてもな、俺が戻れねぇんだよ‥‥」

一度は切った存在だったのに、もう、戻れなくなるから。



本気で嫌なら、俺を突き飛ばして逃げるくらいの力あるはずだろ。
まだ、俺より少しくらいは強いんじゃないの?
ねぇキルア‥‥




「戻らなくていい」

なんの根拠も実行する気も到底ない言葉を勢いで言った。最低だ。
ぐいっと肩を引っ張ってキルアを仰向けにさせ、腕を押さえて上からキスした。
全然足りなくて、奥の奥まで舌を絡ませた。
キルアの腕を離してやると、背中に回してきて抱き締められた。だから俺も、左腕をキルアとベッドの間に差し込んで抱き締める。
キスをしながら右手はキルアの体を探り、シャツをめくり、体を密着させた。肌は冷えていたけど、僅かな体温があったかい。洋服はすぐに邪魔になり、二人して脱ぎ捨てる。もう何をどうしたか、どこを舐められたのかわからなくて、でもキルアから与えられる刺激のすべてが気持ちよかった。
御互いの足を絡ませ、御互いの荒い呼吸を感じ合いながら、御互いの準備を促した。

何を、どこを触ったら気持ちいいかなんて知り尽くしているから、もう慣れすぎているから、行為自体は簡単で、でも心の方が難しくて、かける言葉が見つからなくて、とりあえずキルアの嬌声に煽られて呻く。







‥‥ゴン気持ちいいんだ。

うん、凄くいいよ。

俺のこと忘れらんなかったんだ。

うん、忘れたふりして忘れられてなかった。







嘘つけ、バーカ。







キルアには全部、わかっちゃうんだね。
だから、黙ってるんだね。
言えない。言えないし、言わない。これからのこと、もう知ってるから。
また違う道を行くこと、知ってるから。




キルアは。

俺の無責任な言葉を、最後まで受け入れてくれた。最後まで、我が儘を許してくれた。
きっとこんな俺の全部を知ってる、最初で最後のひと。
これからもずっと、たった一人の、全てを分け合った存在。
俺の人生を背負わせすぎてしまったから、だからもう、少しずつ下ろしてあげなきゃ。そして、戻っていかなきゃ。そうだな、できれば出逢った頃くらいまで。年はもう、だいぶ変わっちゃったけどね。
多分それが俺たちにとって、一番幸せで、楽な選択だろうから。忘れてしまえれば、もう何も残らないから。

でもさ、キルア。







いいよってキルアが言うから、向かい合わせになって快楽を求め合った。
名前を何度も呼んだ。もう、目の前の人のこと以外考えられなかった。
好きだと言いそうになって、なけなしの理性を繋いでなんとか踏み止どまった。

‥‥ゴン。

キルア、もう駄目?

ちげぇよ‥‥





‥‥き、






キルアを抱き締めていたから、表情までは読み取れなかったけど。あのときと同じように。
聞こえた言葉が小さすぎて、だからきっと空耳だったと、
都合よく解釈した。
だけど代わりに力いっぱい抱き締めた。

どうか届いて、届いて、届いて。キミを大事に思ってる。
俺にはキルアじゃないかもしれないし、キルアに俺は重すぎるかもしれない。だから、わかってるんだけど。

でもさ、キルア。










本当はもう一度、なんて。














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051023

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