キルアと再会してから、もう一か月以上が経つ。あれからいくつか仕事が続いて、しばらく家には帰っていない。今回のゴタゴタは一段落したけど既に次の仕事が入ってるから、今日もホテルに泊まることにしている。 さすがに冬も本番になってきて、ましてここは北国。南国の方の仕事でも入れておけばよかった。この、冬の電車の中の蒸したような空気があんまり好きじゃない。窓が外との温度差のために水滴で曇っていて、景色も見えなかった。 しばらく我慢していたけどホテルの最寄り駅までは耐えられなくて、途中で降りることにした。開いたドアの隙間から少し風が入ってきて、それに誘われるようにしてホームに降り立った。一息ついていると、後ろでドアの閉まる音がした。次の電車は10分弱で来るらしい。少し休んだらそれに乗っていこうと思った瞬間、潮の匂いが鼻をかすめた。 海が近いのかもしれない。そうか、窓曇ってたから気がつかなかったんだ。 そう思ったらチェックインの時間も忘れて駅を出ていた。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 案の定近くに海があって、コンクリートの塀の上に座った。海はクジラ島を思い出させる。水の透明さは比べ物にならないけど、でもここなら星も少しくらいは見えるだろう。最近都会にいたせいで久しく見ていなかったから。 風が強くて、ダウンの上着に顔を埋めた。中に着ているのはあのとき借りたあのインナーで、色が好みだったからすっかり私物化している。だけど着る回数が多くなるにつれてキルアの匂いは消えていって、いつかこれを手にとってもキルアのことを思い出さなくなる日も来るのだろうか。 俺は今も元気。 キルアはきっと毎日必死で生きてるんだろうね。 ハンターになって、お互いそこそこ名も知れるようになって、でも俺たちが昔一緒にいたことを知る人なんて思っている程多くはなくて、だから、外部から俺たちの繋がりを見出だすのは難しくて。 このまま忘れていくのかもしれないと思ってた。いつか、名前を呼ぶこともなくなって、顔とか曖昧になって、キルアがいなくてもどうってことない自分にふと気付いたりしては見ないふりをして、それでいいのかもしれない、それがいいのかもしれない、でも、それでも。 今隣りにいてほしいのはキルアだと思った。 一緒に海を見たり走ったり、抱き締めたりするのはキルアがいいと思った。 俺の中でキルアという存在は思ったより大きくて、多分忘れることはないんだろう。 あの声が、笑顔が、俺を引き止めて放さないんだろう。 2年前キルアと別れることに、そこまで未練はなかったのは本当。だけど、 大切にしていたのも本当。 そうか、戻れないのは俺の方だ。 あのとき俺は、何で掴めなかったんだろう。握っていた手を、キルアを止めなかったのはどうしてだろう。キルアはいつもどんな顔をしてたんだろう、見えなかった、読み取れなかった表情の裏では、どんな想いで。俺は案外キルアのことをあまり知らなくて、でもただ言えるのは、やっぱりあいつはまだ俺のことが好きだと思う。 馬鹿だなぁ、忘れてくれたらいいのに。辛いのはキルアの方だと思うのに。でも、キルアが俺の顔を覚えているうちは繋がっているし、俺がキルアの名前を忘れないうちは繋がっているから、それでいいと思った。好きという感情があいつの心から消えても、キルアにとって、いつか一緒にいた最初の友達が俺である事実は変わらないし、それが少しでもキルアの記憶に残っていたなら、それで十分じゃないだろうか。 だけど、もう一度一緒に、走ることができたら。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 翌年、 春が過ぎて18歳になった俺は、相変わらずハンターを続けている。この歳でキャリア6年というのも珍しいらしく注目も集まり、それでなくても問題が多い中、仕事は絶えない。 仕事で訪れる様々な国、特に都会では、いろんな人種の人々が大通りで混ざり合い擦れ違ってゆく。 銀髪を見掛けると、俺の歩みが緩む。色素の薄い青い目にも、その辺の勘違いしたヤンキーが乗ってる、時代遅れのスケボーにも。 仕事の帰りは、人の少ない列車に乗りたくなった。海が見えると次の駅で降りた。そんなときは決まって、少しやるせない気持ちになって、そしてすぐに歩き出す。それの繰り返しで、俺が忘れた頃に思い出す。きっとそういう仕組みになっているんだ。あいつがまだどこかで息をして、歩いて、生きているから。俺を忘れてはいないだろうから。 今、同じように空を見ているんだろうか。遠い場所で、いや、案外近くにいるのかもしれない。とりあえず、噂に聞かないところをみると、まだ生きてはいるんだろう。そんなことを幸せだと思った。 先週誕生日を迎えた俺に、小包が届いた。それは、あのとき俺が貸した上着だった。わざわざ今更、別によかったのに。 でも記載されてた住所に、今度仕事のついでに寄ってみようか。 明日もまた晴れるんだろう、だって夕焼けがこんなにも綺麗だ。あのときと同じように。 俺はキルアのことが好きだったと思う。 今でも、好きだと思う。 FIN --------------------------------------------------------------------------------- ビー・シュアリ・セイム・デイ/051217 |